奇経医学研究会
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故 時任みち先生

 東洋医学の発生は大自然の中で生きていく上で試行錯誤しながら自然界にいかに調和してゆくかの方法論であって人類の発生と共にはじまったのかもしれないと思っている。太古には自然界に調和した生活があって疲は少なかったかもしれないが、人間には生死の陰陽があるのでそのあたりのことを思惟することは不可能である。

 私はこれ等の古典文献を学んでゆきながらおおかたの流れは理解出来たものの、もう一歩踏み込んでゆこうとすると、不明瞭な理論性のない部分が多いことに困惑してしまった。

 とくに奇経については素問や霊枢にも奇経治療、経絡治療、臓腑治療等とその名称が出ているのに治療の理論、方法論の文献がないというのは納得できないと思い、もう一度陰陽の原点に戻って勉強しなおしてみようと考えた。特に奇経についての独自の文献は少なく古典文献の中に断片的に奇経という文字が出てくる程度としか思えなかった。素問と霊枢に再度挑戦してくうちに、これ等の文献に奇経についても鍼灸医学のすべてについて伝えられていることに気づいたのである。今まで奇経の文献がない等と云い伝えられ幻の治療法であるといわれてきたのは何故なのか。古典の文字や文章から古人の言葉の心をどれだけ受け取れるかは読む者の心の在り方にかかっていたのではないだろうか。

 奇経としての文献は霞のような存在で決め手となる特定のものはなかったかもしれないが、素問や霊枢は糸口を見つけ出してゆける言葉を示唆していると私は解釈した。現在は(1996年)コンピューターやパソコンのメディアの時代で(に)あっても(媒体、介、手段)人間が宇宙空間とのかかわりあいによって生命を維持していることの現実は古代から変わりはないのである。人間が生老病死という自然の法則と一生の間にかかわってゆかねばならない現象に対応対処すべき方法論として必要の中から発生したのが東洋医学であると思うのである。
(時任先生手記より抜粋)


蛭田茂(会長)

奇経治療は難解で「古典」には明確な治療法の記述がなく幻の治療とまで言われてきました。
それでも、奇経脉あるいは奇経八穴への施術は、対処療法や応急療法として、理論的根拠はよくわからなくても、あるいは明瞭でなくても、治療効果が大であるとの臨床報告などが古今に見られる事も事実です。
しかしながら、そうした「標治法」とは別に、「本治法」としての活用方法と治法理論を見かけることはなかなか出来ないようです。

「素問・霊枢」には奇経に関する片鱗は散見されますが、奇経という言葉はなく、「難経」に於いてやっと整理された記述がみられます。

奇経の源流を求めれば、「奇経八脉考」現代語訳によると「河南省小室山の医師らが云々…」とあり、奇経を治療に活用していたようです。
この頃に、いわゆる「奇経八穴」が治療点として登場したようです。残念ながら戦乱の為、治療法の大部分は失われてしまったようで、その後、少ない資料による様々な研究がなされました。
しかしいずれの研究書物を見ても

①当時の治法の完全な再現は困難
②そもそも正経十二経と奇経八脉の関係性が不明瞭
③そもそも奇経八穴の選穴根拠が不明またはそれに触れない

という印象が拭えません。

ただ単に流注が繋がっていればよいとするのでは根拠としてよくわかりませんし、「奇経八穴の選穴の明瞭な理由」とはならないと思われます。

時任先生は常々言われていました
「奇経については古典のあちこち記述がある。『文上』ではなく『文底』を読めばよい」
いわゆる「行間を読む」ことが大切との意味です。

私もまったく同感です。「素問・霊枢」「難経」の記述を読み、よくよく考えれば、「必然的に」「奇経のナゾ」に対する回答が得られるものと考えています。

「最大のナゾ」は、もはや既定事項として「ナゾをナゾとする事そのものがタブーかのような扱いの奇経八穴の選定根拠」です。

現在は「古典」の解釈のちょっとした着眼点を変える事などにより、「正経十二経と奇経八脉の関係」「奇経八穴の選定根拠」について筋の通った解説に努めています。
※②③に対する回答
※「素問・霊枢」「難経」のみで充分
※この②③がわかると、当研究会以外の他の治療方法の事も、より理解が深まると確信しています

さらに「本治法としての奇経治療」を時任先生が確立し残してくださり、「六十九難による臓腑治療」と共に解説します。
※①の再現とは違う手法での活用
※いずれも4穴での治療で、脈診、左右別取穴、刺鍼抜鍼順序など詳しく解説します

是非ともこの素晴らしい時任治療(奇経治療・臓腑治療)を一緒に学べるよう、スタッフ一同お待ちしております。



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